2008年01月07日

閑谷学校(その2) 華甲斎

閑谷学校に向かって左手の斜面の上に藁葺きのこじんまりした一軒家がひっそりと建っています。これは何なんだろうと思っていましたら、ある方が教えてくださいました。

閑谷学校門.jpg

この建物は明治36年11月、当時の私立閑谷中学校長 西毅一(号・薇山)の還暦祝いにと教え子の有志がカンパして贈った住居兼書斎で、華甲斎と名付けられたました。土間と3畳 6畳二間 外側に便所が有る小さな家です。華甲とは数え年61歳のことだそうです。

華甲斎2.jpg

近年荒れるに任せていたが、閑谷学校創設300年記念事業として備前市および旧和気郡各町の援助により修復されたそうです。

華甲斎1.jpg

この方は教え子から建物を贈られたくらいですから慕われていたと思うのですが、翌年自殺されたそうです。理由は不明だそうです。

華甲斎
華甲斎は明治36年西微山先生の還暦にあたり新旧門人があいはかり、書斎をつくり先生にさし上げたものである。西微山先生は元岡山藩士で維新後には衆議院議員として活躍されると共に、明治10年山田方谷先生が他界後閉鎖された閑谷学校を再興した方で、現在の閑谷学校のもとをつくった。(華甲斎 本名 西毅一)


posted by デジカメ爺さん at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の徒然
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